『お前の兄貴達、変だぞ』
儂はそんな考えが頭を過ぎったが、黙っていた。言ったら気分を害する以前に理解できないだろうから。
儂も一般的な人生を送ってきた男じゃねえが(王子だからな)それを差し引いてもザウ……いや、兄達はおかしいと思う。
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事の始まりはザウディンダルが持って来た映像。家を出た時にまとめさせた荷物の中に紛れ込んでいたアルバム。
荷を解く必要もなければ、観ようとも思わなかったものだ。
「なあ、カル」
「なんじゃ、ザウディンダル」
「あのな、これって」
映し出されたのは儂と兄貴と両親。
「儂の当時の家族だが」
「当時ってお前……」
今は家族という気持ちは皆無だ。だがそこに映し出されている二歳当時は、間違いなく家族だった。
「今はもう見る影もないが、その金髪の男は儂の兄貴じゃ」
二歳の頃の儂には、病弱で可愛らしさのある兄貴に見えたのじゃが、成長したら可愛げも何もねえ、儂王になりやがった。
「一目で解るって。昔の方が……健康的に見えるけど」
「ヒステリーが無かった分、健康的だったかもしれねえなあ。そんな映像、気分悪ぃだろ」
ザウディンダルをいたぶる貴族の大本だ。観ていて気分良いもんじゃねえだろうと、映像を取り上げた。
「それ、どうするんだ?」
「捨てるに決まっている」
ゴミ箱に叩き込んだら、大急ぎで駆け寄って来て拾い上げ、泣きそうな顔で儂を見つめてきた。
「ま、待てよ! 俺、それみたいな! カレンティンシスはどうでも良いけど、お前の小さい頃の映像って初めて観たから」
「そうか?」
ザウディンダルにそう言われて儂は拒否できるはずもなく、二人で並んで座り映像を見ることになった。
「……」
「どうした? ザウディンダル」
「いや、お前ってさ……」
ザウディンダルは映像を見ながら、徐々に無口になってゆく。観るのが嫌なら言ってくれればと思っていたら、
「お前ってさ……子供の頃、俺よりずっと可愛らしかったんだなあ……」
”しみじみ” と溜息混じりに言われた。
「そうか? 確かに可愛らしい顔立ちかもしれねえが、幼少期なんてのはこんなモンだろ。ビーレウストも可愛かったじゃねえか」
鋭い目つきと、あの不敵な口元の人殺しも、子供の頃は 《空から舞い降りた神の寵児》 の如き可愛らしさだった。
最も当時は叔父で現リスカートーフォン公爵ザセリアバ(ケシュマリスタ系)がいたせいで、それ程噂にはならなかった。
だからビーレウストの映像を観た時、儂は本当に驚いた。
「ビーレウストは見た事あるけど、ビーレウストより、お前の子供の頃の方が可愛いぞ」
「まあ……主観じゃねえ?」
二十も過ぎた(儂はまだ十代じゃが)野郎が、幼少期可愛かった話をしたところで寒いだけだと儂は思うのだが、
「……」
ザウディンダルには問題があるらしい。
「何が不服なんだよ、ザウディンダル」
「子供の頃は俺の方が男らしかったのに、なんで……」
幼少期、自分より言いたくもないが可愛らしかった儂が ”こう” なったのに対し、自分があまり男らしくなれなかった事に大いなる不満があるようだ。
お前、両性具有だろうが……それも兄である帝国宰相デウデシオン大好きな。
とても不満げにしているザウディンダルに 《同い年の映像で比べてみるか》 と提案した。
「解った!」
届けられたアルバムの映像は……確かに同い年で比べれば儂のほうが可愛らしいかもしれん。
顔の作りはまあ……儂は体格に似合わぬ優男風なので、幼少の頃はそれがもっと顕著に出ている。対するザウディンダルは、妖艶だった。
同い年なのに、妙な色気がある。両性具有の特徴なのかも知れないが、その色気のせいで、やや老けてみる。
今は子供っぽいザウディンダルだが、幼少期は子供にあり得ない色気のせいで……。
「なあ! 俺の方が男らしいだろ!」
「……あ、ああ……」
当時の儂よりも男らしいのではなく、幼児が毒華の如き色気を放っているので、幼児に見えないだけであって、顔だけみたらやはり女に近いと思うのだが。
「やっぱ、子宮が成長したせいかなあ」
腹立たしげに言いながら、その艶やかな黒髪を指先で遊ぶ。その指の動き一つとっても、男とは全く違う
《子宮が成長》 それだけではない様な気はしたが、否定もしなかった。
なぜなら、それから続く 《これのせいで、ザウディンダルが女に傾きかけたんじゃろうな》 という映像が延々と続いたからだ。
映像はザウディンダルが二歳の頃、まだ帝国宰相がなんの地位も持たない頃。それから帝国摂政となり、ザウディンダルの傍にいることが少なくなる。
笑っている映像が減り、泣き顔に近い表情ばかりであまり観て居ても楽しくはない。そして……
”一生懸命、慰めようとしたのじゃろうな”
ザウディンダルを悲しませないように必死に機嫌を取る異父兄弟達。
『大丈夫! 大丈夫!』
手作りの小さな鯛焼きを差し出し、励ますアイバス公爵アニアス=アリデアス。
『鯛焼きのおめめ、怖い』
あまりにリアルな鯛焼きで、泣き出すザウディンダル。
『馬鹿者が! 私でも怖いわ! こんなリアル鯛焼き!』
兄のナジェロゴゼス公爵シャムシャントに叱られる。
『リアル過ぎて御免ね、そうだ! 私と半分こにしようね。目の部分は私が食べるから』
”大事に育てられたのじゃなあ”
大事が頂点に達し、帝国宰相の帰宅を待ち、そして戻ってこない事に泣くザウディンダルを慰めようと、彼等はかなり適当な事を口走り始めた。
『デウデシオン兄は、絶対にザウのことお嫁さんにしてくれるから!』
『そうだよ! デウデシオン兄はザウのことお嫁さんにするって!』
『その為に頑張ってるんだよ!』
『そうそう! お嫁さんだよ!』
両性具有を誤魔化す為か、女性と男性の境を曖昧にして育てたのが災いして、
『ほんと?』
『うん!』
ザウディンダルは本気で信じていたようだ。
「あ、は、恥ずかしいから止めても良い?」
「構わんよ。それにしても、全員で無責任な事を」
頬を赤らめて映像を止めたザウディンダルに 《お嫁さん! 私は花婿の父!》 等と言っていた事を指して話掛けると、
「でも……まあ……お前だって、小さい頃は言っただろ?」
そんな言葉が返ってきた
「は? 何で儂があの儂王と」
話はそこで中断したのだが……、気になり音声検索をかけてみた。儂が兄に向かって、その類のことを言ったかどうかを。
検索結果:3件
[兄様、お嫁さん][兄様綺麗だから、儂と一緒にお嫁][兄様お嫁にもらう]
「ほら、お前だって」
「…………」
儂はあの日の自分を殴り殺したい気分で溢れかえった。
「だがな、ザウディンダル。子供の頃にお前に出会っていたら、儂は兄にこんな事は言わんよ」
認めたくはない、過去の過ちじゃ。
小さい頃の儂も、結構おかしかった。それが結論。
《終》